やりきる力

最近、色々な若者と話していると「もったいないな」と思うことが多く…もうちょっと考えてみれば良いのにな、と老婆心ながら感じたりしますのでちょっと書いておこうかと思います。

やれることをやりきる

若い子の転職相談や行き詰っている悩みを聞いていると、「こういうことはした?」「こういうことは言ってみた?」「こんなやり方はどう?」とアドバイスしたくなることがあります。もちろん私はそれを口にして相手に伝えるのですが、だいたいそういう時は「そこまではやってないです」とか「でも、それをやっても…」とか「どうせ」とか色々な返事を受けます。それを言われちゃうと、私としては「あぁ、ただ聞いてほしいだけなのかな」と思ってそれ以上言うのは控えてしまうのですが…。

その後、当人が同じことで悩み続けて泣き出したり、諦めて別業界に転職したりしているのを見ると、本当にもったいないと感じてしまうのです。逆に言えば「やれることをやりもせずに、よく泣けたり諦めたりできるものだな」と思います。やれることをやりもせずに、感情がいっぱいになるって…私からすれば不思議なんですよね。感情の沸点が低いのか…それとも感情と行動は別物として生きているのか…。

「石の上にも三年いれば暖まる」という言葉がありますが、これは今回の私の考えには当てはまりません。何事も忍耐が大事とか我慢強くやれ、と言いたいわけではありません。「自分にやれることはやりきったのか」ということです。「これをやってみたらどうだろう」「こんな方法なら上手くいくのではないか」と少しでも思うなら、行動を起こすなり、それを誰かに相談するなりすれば道は拓けてくると思うのです。もちろん物事はそんな簡単ではないので、次の壁にぶつかると思います。壁にぶつかったらまた同じことを繰り返すだけです。私の経験から言えば、それを何度も繰り返すうちに「あとはこれをやれば良いだけ」というところまで辿り着きます。そうなればあとは「やるか、やらないか」の二択になるので「やる」を選択してやり切れば良いわけです。

そこまでやってもダメな時はプランBとしてギブアップすれば良いでしょうし、その頃には(やりきった後なので自然と)次の光が見えてくるはずです。少なくともやりきった気持ちはありますので、泣き出すなんてことは無いでしょう。「もうここまでやったんだ!あとは知らん」くらいの気持ちになり、涙さえも出なくなります(笑)。

固執するのとは違う

ちなみに、私は「早急に決断するな、考え直せ」ということを言いたいわけではありません。「辛いなら…変えたいなら、次の打ち手をしてみれば良いじゃん」「次の打ち手を考えられないなら一緒に考えるし、考えられるならやれば良いじゃん」という、あくまでも「もったいないよね」というだけの話です。「泣くくらいなら…塞ぎ籠るくらいなら…体調不良になるくらいならそこまでやってみたら?」という話です。

また、私には「しつこくやれ」という気持ちもありません。むしろ「自分が納得いくまでやれ」という話です。「やりもしないで、現状を(2回以上)嘆き続けるな」って感じの話です。少なくとも現状を嘆く相談ができるなら、次の一手を考えるなり、教えてもらって実行するなりは出来るはず。にも関わらず嘆き続けて潰れていくのは本当にもったいないと感じるのです。「正常な判断ができなんだよ、そういう時は」という反論があるかもしれませんが、それならそれでこの話は終了です。

ちなみに、やりきろうとしている人とただ固執しているだけの人というのは、周りから見れば分かります。ですので「自分はただ固執してるだけなのかなぁ」と不安になったら周りの人に聞いてみましょう。理解があって良識のある人ならきっとちゃんと教えてくれるはずです。

ちなみに、“やり抜く力”として「GRIT」(アンジェラ・ダックワース著)という書籍がございます。もし気になる人がいらっしゃったら是非ご覧ください。失敗の大切さや、成功に学ぶべきことの少なさ、に関しても理解できるかと思います。

責任を持つとはやりきること

ちなみに、仕事の局面においても「私が責任をもって対応します」とか「責任を持ちなさい」とか普通に会話として飛び交うと思いますが、ここで言う「責任」というのも私から言わせれば「やりきること」だと思います。企業間においても企業と個人間においても、契約で成立している以上、本来の責任に関して言えば「支払うこと・弁償すること」が責務になりますが、それだとあまり現実的ではないですよね。そうなると「責任」とは何なのかという話になりますが、私はこれが「やりきること」だと思うのです。

ミスや失敗をしても、上司や取引先から「もういいよ」と言われるまでやりきることが責任であり、それは自分で決めるべきことではないと思います。もちろん退職することが責任ではない(むしろ責任放棄)ですし、契約金を全額返済するのもお互い本意ではありません。だから「責任」とは、やりきるところまでやりきって「あとは煮るなり焼くなりしてくれ」という状態まで追求することだと思います。少なくとも私はそう考えて行動します。そういう人間には、信頼(信じて頼られる)まではいかなくとも、少なくとも信用(信じて用いられる)されるでしょう。

思いつくことが少しでもあるのなら動いたり相談したりしてみる、という人と仕事をしたいものですよね。少なくとも私はそう思います。


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