社会人になって、年齢を重ねたりレイヤーが上になったりしていくと、役職とか肩書とかが邪魔してなかなか謝れなくなったりしますよね…。それって何プライドなんでしょうか…。今回はそんなことを記事にしてみました。
部下はもっと人間性を見ている!?
「部下が上司に期待すること」等のアンケート調査を色々見かけますが、必ずと言って良いほどランクインする項目として「ビジョンや夢を語ってくれる人」があります。これは非常に重要です。これは何となく私のイメージですが、人の上に立つ人にとっては、「かくあるべき!」みたいな「品行方正で自らの主張をせず、無機質に頼れる存在になること」という自己暗示が働いているのではないでしょうか。その結果、自分の夢や「自分は組織や事業をこうしたいんだ!」と声高に言うことがカッコ悪いみたいな潜在意識が働いているように感じます。
でも、私に言わせればそんな張りぼてのプライドや自尊心は要らないように感じます。別に上司だから、部下だからといってそれが“=人間の価値”ではないですし、人間同士という見地で考えれば、気持ちをしっかり伝えてくれない人に対しての方が信用しにくいですよね。
事実、コミュ症(いわゆる口下手やコミュニケーションが不得意な人)でも好かれるコミュ症と嫌われるコミュ症の違いは、「自分の気持ちを言う人かどうか」で分かれるのです。どんなに口下手でも「私はこう思う」としっかりと自分の想いを口にする人間は可愛がられたり、いじられたり、好かれたりします。しかし、同じ口下手でも「いや、なんでもないです」とか「大丈夫です」と言って自分の気持ちを率直に言わない人は嫌われたり、距離を置かれたりします。おそらく「個人的意見を伝えても悪いなぁ…」という心理が働いて余計なことを言わないようにしているのかもしれませんが、それをやってしまうと余計に嫌われるんですよね。
これは、上司や部下の関係の中でも生じます。やはり何考えているか分からない上司の元で働いている部下は、その上司についていきたいなんて思わないはずです。むしろ上司に対する陰口や天然キャラ的な接し方をしてくるでしょう。
そして、明らかに上司の過失によって問題が起こったり、事業が崩れたりした場合においても同じことが言えます。上司が「申し訳ない。自分の間違えや判断ミスで今回の問題が生じてしまった。ごめんなさい」と言えるかどうかは非常に重要です。
「まぁ、こういう風になったから…」とか「想定外のことが起こって、結果としてこうなった」みたいにボンヤリと失敗を部下に告げる上司を見かけたりしますが、そんな上司…部下からしてみれば嫌ですよね。私だったら「お前が悪いんだろ!? 謝れ! ごめんなさいって言え!」って心の中で絶叫します(笑)。先程のポジティブであるビジョンを語れない上司同様、ネガティブである謝罪をできない上司も魅力的ではないんです。そんな無機質な上司にはついて行けないんです。
上司とか部下とか、そういうのは関係なく1人の人間として考えた時を想像しましょう。友達にすらなりたいと思えない人の元で働けますでしょうか。
甘えるのではなく、どちらも正面から向き合うこと
この、なにかとハラスメントと言われる時代において、自分の気持ちを伝えることは非常に難しいですし、海外のように「そこから先はプライベートなんで…」と言ってお互い遮断をすることは、ある側面において大切には思います。私もわざわざプライベートのビジョンを語れとは思いません。
しかし、人間性の部分として「自分は仕事をどうしていきたいか」「非を認めていることを表現できているか」をちゃんと伝えることは大切だと思います。これはもちろん上司だけではなく、部下の立場にいる人にも同じことが言えます。ただし、部下の立場にいる人は、言い方を間違えると「甘えている」と思われるだけですのでお気を付けください(「これは自分の責任です!」と言われた上司の身になって考えましょう。上司からすれば「うん…でも最終的な責任は私にあるから、君は君なりの経緯と改善策をしっかりと述べなさい」としか返答できません。むしろ「カッコいいと思って言ってるのかなぁ…」とさえ感じます。)。
上司だって部下だって、ムカつく時はムカつきますし、嫌いな人は嫌いです。ですので、とにかく上司とか部下とか、そういうものも全部ひっくるめて同僚として捉えた時、しっかりと自分の意見や立場を踏まえた上で素直に接することが一番だと思います。
ちょっと最近気になったので書いてみました。